アカイトコーヒー は瀬戸内海の小さな島『直島』で朝7時から営業している早起きなお店です。

先日、『プラダを着た悪魔2』についてブログを書いた。

書いたあとで、ふと昔のブログを読み返してみたら、前作の『プラダを着た悪魔』について、一言だけ書いている記事を見つけた。

そこには、こんなことを書いていた。

おそらく、この映画は若い女性に人気がある映画なのだろう。
ファッションもストーリーも申し分なくお洒落で、BGMも素晴らしい。

しかし、私と同世代の男達に観て欲しいのである。

感性や感覚。
そして、気づき。

家庭や職場でためになる、人生のヒントがそこにある。

そんなことを、当時の僕は書いていた。

さらに、その1ヶ月後くらいには『ファッションが教えてくれること』という映画についても書いていた。

『プラダを着た悪魔』のモデルとも言われる、米国版ヴォーグ誌の名物編集長、アナ・ウィンター。

完璧主義者として恐れられる存在。

そんな彼女の働きぶり。
そして、その奥に潜む仕事に対する真摯な姿勢。
共に働くスタッフのドタバタ。

僕はその映画を、リアル・ワーキング・ムービーとして観ていた。

今になって読み返すと、少し面白い。

当時の僕は、このふたつの映画を、ただのファッション映画として観ていなかったのだと思う。

華やかな服。
洗練された音楽。
ニューヨークの街。
お洒落な世界。

もちろん、そういう魅力もある。

けれど僕が反応していたのは、たぶんそこだけではなかった。

その裏側にある仕事。
誰かの真剣さ。
理不尽にも見える厳しさ。
それでも前に進んでいく人たちの姿。

そういうものを、当時の僕は見ていたのだと思う。

そして今回、20年近く経ってから『プラダを着た悪魔2』を観た。

前作を観た頃の僕は、どちらかと言えばアンディだった。

厳しい世界の中で、必死に食らいつきながら、自分の居場所を探していた。

けれど今は、少し違う。

どこかでミランダの側から物語を見ている自分がいる。

守ってきたもの。
積み上げてきたもの。
人に厳しくしてしまう理由。
そして、いつか訪れるかもしれない引き際。

昔のブログに残っていた短い文章は、今の自分につながる小さな伏線のようにも思えた。

同じ映画を観ているようで、観ている自分の立っている場所が変わっている。

でも、見ているものの芯は、案外変わっていないのかもしれない。

僕にとって『プラダを着た悪魔』も『ファッションが教えてくれること』も、ファッション映画である前に、ずっと仕事の映画だったのだと思う。