「ガテマラ」と記す理由
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一般的には、「グアテマラ」と表記されることが多いと思います。
国名として見れば、たぶんその方が自然です。
地図や資料、産地の説明などでは、「グアテマラ」と書かれていることが多いです。
それでもアカイトコーヒーでは、焙煎を始めた当初から「ガテマラ」と記しています。
どちらが正しい、という話ではありません。
ただ、うちの店の中に置く言葉としては、「グアテマラ」よりも「ガテマラ」の方が、少ししっくりくるのです。
「ガテマラ」という響きには、どこか昔ながらの喫茶店の空気があります。
手書きのメニュー。
コーヒー豆の並んだ棚。
少し深く焙煎されたコーヒー。
派手ではないけれど、長くそこにあるような言葉。
そういうものと並べた時に、「ガテマラ」という表記は、アカイトコーヒーの中で自然に馴染みます。
アカイトコーヒーの文章では、「僕」や「奥さん」という言葉を使うことがあります。
「私」や「妻」と書いた方が、文章としてはきちんとして見えるのかもしれません。
でも、店で話している時の距離感に近いのは、僕にとっては「僕」であり、「奥さん」です。
少しくだけた表現にしたいわけでも、きちんと整えたいというわけでもありません。
店の奥から、そのまま話しているような距離感でいたいのだと思います。
「ガテマラ」と記すことも、それに少し似ています。
一般的な表記としての「グアテマラ」。
アカイトコーヒーの棚に並ぶ言葉としての「ガテマラ」。
その違いは、とても小さなものです。
でも、その小さな違いの中に、店の空気や雰囲気は少しずつ宿っていくように思います。
コーヒーの味わいも、そういうものかもしれません。
ほんの少しの焙煎の進み方。
火の入り方。
冷めていく時の甘さ。
言葉にするとわずかな差でも、飲んだ時には確かに違うものとして感じられることがあります。
表記も同じで、ほんの少しの違いなのに、そこにある空気は変わります。
アカイトコーヒーにとって「ガテマラ」は、ただの産地名というより、昔からコーヒー屋の中にあった言葉のように感じます。
少し懐かしくて、少し背筋が伸びる。
明るさがあり、甘さがあり、ほどよく引き締まっている。
うちで焙煎しているガテマラの味わいにも、その響きはよく合っている気がします。
だから、アカイトコーヒーでは「ガテマラ」と記しています。
正しさよりも、しっくりくること。
説明よりも、そこに置いた時の感じ。
表記ひとつにも、その店らしさは少し出る。
そう思いながら、今日も「ガテマラ」と記しています。