.png)
今年の夏も暑かった。
いや、「暑かった」では足りないくらい、暑かった。
外に出るだけで体力を奪われるような毎日で、休みの日くらいはクーラーの効いた涼しい部屋で過ごしたい。
そんな今年の夏を楽しむひとつになったのが、読書だった。
村上春樹の『夏帆』を読んだ。
そこから、初めて江國香織を読んだ。
『外の世界の話を聞かせて』。
そして、喜多嶋隆の新しい短編集『江ノ電を待ちながら』を買った。
これが、とてもよかった。
「この夏は、喜多嶋隆で乗り切ろう」
そう思った。
『夏物語』、『7月7日の奇跡』と続けて読んだ。
現実では、クーラーの効いた部屋にいた。
でも、本を開けば海があった。
潮風が吹いていた。
そういえば、この夏はDVDで『ビーチボーイズ』も観た。
毎日のように着ていたのは、エヴィスやレインスプーナー、GO BAREFOOTのリバースプリントのシャツ。
今年の夏は、シャツの下にTシャツを着ることもなく、素肌に一枚で過ごすことが多かった。
本を読んで、ドラマを観て、アロハシャツを着る。
海に行ったわけではない。
花火をしたわけでもない。
それでも毎日、「夏だなぁ」と思っていた。
喜多嶋隆をひとしきり読んだあと、永井宏さんの『夏みかんの午後』を読んだ。
以前、アカイトコーヒーでも販売していたことのある一冊だ。
そして9月1日、大阪へ向かった。
9月1日と2日の大阪は、暑い夏を頑張った自分への、ちょっとしたご褒美のつもりで計画していた旅だった。
直島から岡山へ向かう電車の中で、『夏みかんの午後』を読み終えた。
岡山に着いて高速バスに乗り換え、今度はウィリアム・サローヤンの『パパ・ユーア・クレイジー』を開いた。
ちょうど復刊されたことを知って買っていた本で、これも以前に読んだことがある。
海辺で父と息子が過ごす物語。
これも、なんとなく夏っぽい。
そう思って旅のお供に選んだ。
大阪から帰ってくると、夏が終わりに向かっていることを少しずつ感じるようになった。
頭では、もう分かっていた。
今年の夏も、そろそろ終わる。
でも、もう少しだけ夏の中にいたかった。
そこで、以前読んだ『潮風キッチン』をもう一度読み始めた。
そして『潮風メニュー』、『潮風テーブル』、『潮風マルシェ』、『潮風サラダ』。
続きを一気に買って、一気に読んだ。
本の中では、まだ潮風が吹いていた。
けれど、現実の季節は僕の都合には合わせてくれない。
雨の日が続いた。
朝晩の空気も、少しずつ涼しくなった。
昼間はまだ暑い。
それでも、夏の真ん中にいた頃とは何かが違う。
「ああ、もう本当に今年の夏も終わりだな」
そう思った頃、ふと読みたくなった本があった。
奥田英朗の『東京物語』と、燃え殻の『ボクたちはみんな大人になれなかった』。
どちらも、もう何度読んだのかわからない。
それでも、また読みたくなる。
若かった頃のこと。
その頃の街。
仕事。
恋愛。
音楽。
友人。
そのときには何でもなかった時間が、振り返ってみると、もう二度と戻ることのできない時間になっている。
何度読んでも、またそこに戻りたくなる。
夏の終わりにこの二冊を読みたくなったのは、偶然だったのだろうか。
そして今は、『ライ麦畑でつかまえて』を読んでいる。
『パパ・ユーア・クレイジー』を読んでいる途中で、なぜか、また読みたくなった。
一冊の本を読んでいると、次に読みたい本が浮かんでくる。
だから、読めば読むほど、読みたい本が増えていく。
困ったものだ。
でも、この夏はそれが楽しかった。
夏の終わりには、いつも少し寂しさがある。
冬から春へ向かうときは、暖かくなるのが楽しみだ。
春から夏へ向かうときも、夏が来るのを楽しみに待っている。
秋が深まれば、冬の服を着るのも楽しみになる。
秋だって好きだ。
涼しくなるし、コーヒーも美味しい。
服も楽しい。
本を読むにもいい季節だ。
なのに、夏から秋へ向かうときだけは、少し違う。
次の季節を楽しみにする前に、
「あ〜、もう夏も終わっちゃうなぁ」
と思う。
今年の夏に、やり残したことがあるわけではない。
海には行かなかった。
花火もしなかった。
でも、行きたかったのに行けなかったわけでも、したかったのにできなかったわけでもない。
たくさん本を読んだ。
『ビーチボーイズ』を観た。
毎日のように、好きなリバースプリントのシャツを素肌に着た。
暑い暑いと言いながら、十分に楽しんだ。
それでも、終わるとなると少し寂しい。
もう少しだけ、この季節の中にいたいと思う。
たぶんそれは、未練とは少し違う。
楽しかったから、名残惜しい。
ただ、それだけなのだと思う。
今年の夏も、
ちゃんと夏だった。