暮らしに馴染むもの
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若い頃に失敗したローファーの記憶が、50代になった今の靴選びにつながっています。
20代前半の頃、チーニーの別注ローファーを買ったことがあります。
当時の自分にとって、それは少し背伸びをした一足でした。
ローファーという靴にも憧れがありましたし、英国靴というものにも惹かれていました。
けれど、そのローファーはサイズ選びを失敗しました。
履きたい気持ちはあるのに、足に合っていない。
見た目は好きなのに、日常の中で自然に履けない。
無理をすれば履けなくはないけれど、気がつくと手に取らなくなっていく。
靴というものは、ただ好きなだけでは履き続けられないのだと、そのときに知りました。
もちろん、それも含めて経験だったと思います。
若い頃は、憧れが先に立つことがあります。
似合うかどうか、足に合うかどうかよりも、まず手に入れてみたいという気持ちの方が強いこともあります。
その失敗があったからこそ、30代になってからの靴選びは少し変わりました。
オールデン。
トリッカーズ。
クロケット&ジョーンズ。
どれも、当時の自分にとっては憧れの靴でした。
けれど、20代前半の頃とは違って、ただ憧れだけで買うのではなく、きちんとフィッティングをして選ぶようになりました。
足に合うかどうか。
歩いたときに無理がないか。
長く履き続けられるかどうか。
憧れを、憧れのまま勢いで買うのではなく、自分の日常の中で履ける形にして手に入れる。
たぶん、その感覚を少しずつ覚えていった時期だったのだと思います。
結果として、その頃に選んだオールデンも、トリッカーズも、クロケット&ジョーンズも、20年以上経った今でも現役です。
もちろん、ずっと頻繁に履き続けてきたわけではありません。
履く時期があったり、少し遠のく時期があったり。
それでも、今も手元に残っていて、今でも履ける。
それは、あのとききちんと選んだからだと思います。
いいものを長く使うというのは、ただ高価なものを買うことではありません。
自分に合うものを選ぶこと。
そして、時間が経ってもまた手に取りたくなるものを選ぶこと。
その大切さを、靴から教えてもらったような気がします。
それからさらに月日が流れて、50代になりました。
今回選んだのは、Jalan Sriwijayaのローファーです。
オールデンでもなく、チーニーでもなく、トリッカーズでも、クロケット&ジョーンズでもなく。
今の自分が選んだのは、Jalanのローファーでした。
もちろん、若い頃に憧れた靴をもう一度選ぶという道もあったと思います。
けれど、今の自分にとって大切なのは、特別な日にだけ履く靴ではありません。
ちょっと近所まで行くときにも履ける。
仕事の合間にも気負わず履ける。
でも、ただの楽な靴ではなく、きちんとした佇まいがある。
そういう靴が、今の自分にはちょうどよかったのだと思います。
今回ローファーを選ぶきっかけになったのは、サンダルの代わりになるものを探していたことでした。
夏場にビルケンのようなサンダルを履くことは、もちろん楽です。
コンビニに行くにも、近所を少し歩くにも、サッと履ける靴はやっぱり便利です。
でも、その役割をローファーが担ってくれたら、少し面白いんじゃないかと思いました。
ちょっとそこのコンビニに行くのにローファーを履くって、なんだか格好よくないですか。
もちろん、そんな大げさな話ではありません。
デッキシューズでも、キャンバススニーカーでもよかったのかもしれません。
でも、つっかけのように気軽に履けて、見た目は少し整っている。
そのちょうどよさが、今の自分にはとても魅力的に感じました。
若い頃にサイズ選びで失敗した経験があるからこそ、今回もフィッティングは大切にしました。
革靴は、見た目だけで選ぶものではありません。
木型が足に合っているかどうか。
歩いたときに無理がないか。
履き続けられるかどうか。
そういうことを、今は昔よりも落ち着いて考えられるようになりました。
たぶん、もの選びの基準が少し変わったのだと思います。
高価だからいい。
有名だからいい。
憧れていたからいい。
もちろん、そういう選び方にも楽しさがあります。
実際、30代の頃に選んだ靴たちは、今でも大切に残っています。
けれど今は、それだけではなく、自分の日常の中に自然に入ってくるかどうかを大切にしたいと思っています。
毎日使えること。
気負わず手に取れること。
でも、ちゃんと好きでいられること。
そういうものが、結局は長く残っていくのだと思います。
靴に限らず、服も、道具も、暮らしの中にあるものは、少しずつそういう選び方に近づいてきました。
特別なものを特別な場所に置いておくよりも、日々の中で使えるものを選びたい。
使うたびに少し気分がよくなるものを、当たり前のようにそばに置いておきたい。
それは、アカイトコーヒーで考えていることにも近いのかもしれません。
ものすごく特別な一杯ではなくてもいい。
毎日の中で、自然に飲めるコーヒーでありたい。
朝に飲んでも、仕事の合間に飲んでも、家で少し落ち着きたいときに飲んでも、ちゃんとそこに馴染むもの。
アカイトブレンドも、瀬戸内ブレンドも、雪月花も、恋味も。
そして、シングルオリジンのコーヒーたちも。
どれも、派手さだけを目指しているわけではありません。
毎日の中で、何度も飲みたくなること。
日常の中に置いておけること。
それでいて、ちゃんとその人にとって好きな存在であること。
20代前半に失敗したローファー。
30代で、きちんと選んで手に入れた憧れの靴。
そして50代になって選んだ、日常の中で履きたいローファー。
たぶん、それぞれの時期に、それぞれの選び方がありました。
今の自分に合うものを選ぶこと。
日常の中で使い続けられるものを選ぶこと。
そして、その積み重ねを少しずつ楽しむこと。
Jalanのローファーは、そんなことを改めて思わせてくれる一足になりました。